自由と必然性と告知


前回の記事で「自由であるがゆえに不自由」と書いた。
PCで音楽を作るとき、自由度が高すぎるがゆえに
本当に自分がやりたいことを見失う、といった意味だ。
 
人は自由を求めるというが、
実際には完全な自由ではなく、必然性を求めている。
自分が演ずべき位置が明確になっている状態を求める。
福田恆在は「人間 この劇的なる物」の中でこう語っている。
 
PCでの作曲時に求めているのもやはり必然性なのかもしれない。
音楽を作る、演奏するに当たってのPCを使う意味、必然性を求める。
そこに必然が感じられなくなってしまうので、
しっくり来ないのだろう。
 
自由度の高いはずのフリー演奏が
似たような仕上がり、表現になっている場面を見かける。
以前にノイズについても似たようなことを書いたが、
自由度が高すぎる中で必然を求め、やることが決まっていってしまうのだろう。
自由が画一化に至るっていう矛盾。
だからこそフリー演奏は難しいし、それを感じさせないプレイヤーは本当にすごいと思う。
 
自由は難しい。
やはり最低限の音楽的ルールをもっての演奏の方が好みだ。
だが、この「最低限の線引き」も個々の自由だから難しい。
それぞれが自分のルールを持っている。
フリーセッションでは各人のルールを探りながら演奏する。
作曲、演奏は社会の縮図みたいだ。
 
なんかすごく大きな話しに帰結してしまった。
 
 
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さて、告知です。
 
ABNORMALSライブ活動再開いたします。
昨年も出演させていただいた大盛りイベント。
 
 
そして、8月29日にはNEW MINI ALBUM発売です。
全7トラック。
 
 
 
NILOMETERは7月26日(木)に東高円寺2万電圧。
まさかの今月3本のライブとなりましたが、その最後となります。
以降は若干期間ライブをせずに今のスタイルでの音源作成に入る予定です。
 
 
 
 
 
 
 

ライブアットモルガーナ

 

一昨日(76日)、国分寺にてNILOMETER 2回目のライブでした。
 
国分寺モルガーナ、好きなライブハウスです。
老舗ならではの雰囲気や
適度な音響、汚さ、超やまだ堂、
そして憧れの先輩たちがここに立ってきたんだなぁと思うと
背筋が伸びる。
 
ライブは紆余曲折あって
打ち込み(PC)を使わずにルーパーでのサウンドオンサウンドで曲を作っていく形で演奏。
以前からやってたスタイル。
こんな感じです。
 
 
(この曲も演奏させていただきました。)
 
ここ最近、PCをライブで使用することに
若干の引っ掛かりを感じていました。
 
PCって何でも出来ちゃう。
ドラムの打ち込みひとつ取っても人間が演奏できないようなプレイはもちろん、
銅鑼、ティンパニなど普通は導入しにくい音も簡単に導入できる。
だけどそうやってまとめた音になんというか「血」や「てびねり」を感じにくく思ってました。
自由すぎるゆえに不自由。
 
そんなわけで、打ち込み無しでの演奏を少しずつ検討、練習していました。
とはいえ、今月のライブは打ち込みを使用するつもりでした。
以前書いた「サラウンド」システムも試させていただくべく下準備もすすめてました。
 
ですが、ライブ一週間まえの先週末、
音楽用に使用していたPOWERBOOKがまさかのクラッシュ。
以前もあった症状なのですが、おそらくハードディスクの故障。
 
タイミングの悪さに驚くとともに、若干途方にくれる。
でも、なんかさっぱりした自分が居ました。
 
むしろ啓示的なものと捉えて
急遽打ち込みレスにシフトした次第。
 
どたばたの準備となったものの、ライブは好評でしてありがたい限り。
今後もこのスタイルを詰めていこうかと思っています。
 
次のライブはまさかの今週末。
 
7/13()
小岩BUSHBASH
"Spit"
 
Nilometer
H.O.W
Violent Chemical
TRES
Floaters
Nanorisk Akatsuki
 
Open19:00/Start19:30
Ticket adv1,500/door2,000
 
西のモルガーナから東のブッシュバッシュへ。
 
新曲も披露の予定です。

工夫+苦労=

先日、高校時代の友人が書いた本を読んだ。
すごく乱暴に書くと、
彼が会社をやめ、カナダへ3ヶ月のカウボーイ修行に行くという話し。
 
誰もが夢想しながらも踏み出せない、
子供の頃に憧れた世界への突入。
 
なれない仕事、文化、性格にもまれ、
その中で彼が経験したことや、思ったことは普遍的なものでありながら、
忘れがちなことだ。心に響く。
非常に興味深く読ませていただいた。
 
一応宣伝しておくと、
こちらの本。 
 
 
本筋とは違うかもしれないが、
興味を引いた内容があった。
街場まで膨大な距離がある世界に暮らすカウボーイたち、
たいていの機械故障はありあわせの部品で自分たちで修理する。
車、農耕機械などなど。
 
この内容を読んで
以前、BLACK GANION 宇野さんに聞いた話を思い出した。
アメリカのミュージシャンは自分たちで故障した機材(アンプ、スピーカーキャビ等)を修理する。
だから構造に理解があり、音への感覚も鋭い。
そんなことを聞いた。
 
私はオタク気質なので、基本的には工作、改造、修理は大好き。
それでも最近はサウンドハウスやらアマゾンに染まって
ついついお金で解決する。大して余裕も無いのに。
 
昔は今よりさらに余裕も無く、
情報も少なかったので手元にあるものでなんとかしようとしていた。
やりたいことのために工夫を余儀なくされていたのだ。
それがうまく行ったかどうかは別として、
工夫と苦労は成長の要素になってきたように思う。
 
工夫でたどり着いたものは買ったものよりも身にしみる。
買ったものは火事にでもあえばなくなるが、
工夫を通して自分の一部になったものは死ぬまで失われないだろう。
 
最初の話からはだいぶずれてしまったが、
そんなことを思って少し身が引き締まった話し。
 
 
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さて、今週末は2回目のNILOMETERライブです。
 
強烈な共演陣。
老舗モルガーナならでは。
 
 
 
 
 

ノイズの原体験

先日、とあるノイズ系のライブを見に行ってきた。

ノイズは極端に自由度の高い音楽表現だ。
自由ゆえのアイデアや緊張感、迫力を感じるというのが、
私の思うノイズの楽しみ方だ。

だが、意外なほどそういったものを感じられるライブは少なく、
形骸化を感じたり、パフォーマンス要素の濃さにウンザリさせられたりすることがある。

「私、トランス状態ですので白目むいちゃいます。」とか
「私、狂っているのでのた打ち回っちゃいます。」とか。
そんな「ノイズ」パフォーマンスが大嫌い。
もちろんパフォーマンスもあってしかるべきだが、
底が見えると興ざめだ。
そういうのは友達でも集めて家でやればいい。

先日見たライブはまったくそういうものではなく、
いろいろなアイデアあふれる音が連なり、
パフォーマンスにも流れを感じられる。
気が付いたら終わってた。そんなすばらしい演奏だった。


なぜか会場の温調が控えめだったこともあるが、
音圧に伴ってじわじわと汗をかく。
この経験、私が一番最初にノイズのライブを見たときにもあった。
20歳の頃に見たC.C.C.Cのライブ。

私が高校生だった90年代頭、ノイズは今ほどアートとして扱われてなく、
アングラ臭がプンプンする不気味な存在だった。
私は怖いものみたさ(聴きたさ)ですごく興味を持っていた。
また、若かったことも有り、
最先端の音楽、音楽を越えた音楽への漠然とした憧れもあった。
さらに言うとそんな最先端に触れようとする自分への
しょうもない青臭い自意識もあったように思う。

そんな時にDOLL誌で面白い記事があった。
グラインドコアとノイズの共通点を指摘しながら、
代表的な音源を紹介する特集。

当時、ACが出てきた頃だったので
今で言うノイズグラインドからいわゆるハーシュノイズを含めて紹介されていた。
AC,MAN IS THE BASTARD,FEAR OF GOD,
MERZBOW,MASONNA,ゲロゲリゲゲゲなどなど。
そんな中にC.C.C.Cも紹介されていた。

記事の中に挙げられている音源を探し回った。
ネットの無い時代、高校生の行動範囲で買えるものは少なかったが、
C.C.C.Cは当時よくあったマンションの一室みたいなレコード屋で見つけて
CDを購入した。

聴いた感想はとにかく「怖い」
何が起こっているのかわからない。
若干こもった轟音の濁流が延々と鳴り響く。
密室、真っ暗、暴力、お化け・・・高校生の私を怖がらせる全ての想像が
その音にまとわり付いてくるように思える。
衝撃的だった。

その数年後、ライブを見る機会を得る。
今は無き高円寺20000V にて。
ノイズのライブを見るのはそれが初めてだった。

轟音。ステージでは女性が謎の鋼板(プレートリバーブ?)のようなものを振り回し、
そのたびにすさまじい音風が起こる。
音源とは違う。鬼気迫る空間。

先日の記事と被るが、音源にはこの迫力は翻訳できない。
音源には音源の面白さはあるが、
ノイズでは特に音源と実物の乖離が激しい。
ライブでみるC.C.C.Cは間違いなくロックだった。

気が付いたら終わってた。
直立不動で見ていたのに、なぜか汗をじっとりとかいていた。
体の穴と言う穴から汗が出てきているような変な感覚だった。

これが私のノイズ原体験。
最初から最高峰を見れたのは幸せなことだ。
おかげで後のハードルが上がってしまったが。

ノイズのライブを見るときは
いつもあのときと同じ感覚を味わいたいと求めてしまうのだ。

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さて、ライブの告知です。

まずはele-phant


先月に続き新大久保アースダム。
ちょっと久々の曲もやるつもりです。


そしてNILOMETER


初めてご一緒する方々ばかり。楽しみです。
この日、先日の記事で書いたサラウンド実験も実施します。
今後もやるかどうかはわかりませんので
ご興味のある方は是非是非。




サラウンド

最近一人でちょっとした音楽実験のようなものをやっていました。

前回記事で書いたような、
音源に翻訳できないライブ表現を目指し、
以下のようなことを実験。




通常、ライブハウスはこの図のように
ステージ左右にPAスピーカーが設置され、
ステレオで出力されています。

打ち込みをバックにベース独奏するスタイルのNILOMETERでは
ステレオ割り振りも踏まえて打ち込み音源を作成し、
そのままにステレオ出力しています。

仮にステレオではなく3chサラウンドで打ち込みを分けて準備し、
出力したらどうなるんだろう。
そんなことを考えました。


この場合、図のようになります。
お客さんの後ろにもPAスピーカーを置く形。

3chを生かしての音の立体感、迫力強調するだけでなく、
例えばフロントスピーカーでドラムトラックを流し、
後ろのスピーカーから、効果音や声を流したら、
フロアに居るお客さんは後ろから声をかけられるような形となり、
驚きをあたえられるんじゃないかとか、そんな夢を膨らませました。

そこで、実際に1000wのパワードスピーカーを買って、
スタジオで試したりしてみました。

現時点での感想ですが、
あんまり面白い効果が得られない・・・

冷静に考えると別の音が3箇所からなっているっていうのは
例えばステージの中と変わらないんですよね。
ステージではギターアンプ、ドラム、ベースアンプが3箇所でなっている形になるので。
ステージ上の音空間は決して実験前に思い描いていた不思議な空間ではなく、
単純に音が混在した聴き取りにくい空間。

実験でも、結局これと同じ感じになっちゃって
単純に混在感しかない。
うーん、失敗かな。
もう少し実験重ねてみるつもりですが。


さて、そんなNILOMETERですが、
ライブがいくつか決まっています。

76() 国分寺モルガーナ
713() 小岩BUSHBASH
726日(木) 東高円寺2万電圧

まさかの3本。


ele-phantもライブあります。
こちらもよろしくお願いします!