さらば高円寺20000V

高円寺20000Vが入っていたビルが解体になるらしい。


同じビルにある居酒屋で火事があり、
消火活動によって地下2階のライブハウス高円寺20000Vは水浸しになり、
そのまま閉店を余儀なくされました。
それから8年、とうとう取り壊されることになったようだ。

19歳のとき、自分にとって初めてのバンドであるBucket-T
一番初めにデモテープを持ち込んだのが20000Vでした。
薄暗い階段を下り、たくさんのがフライヤーが乱雑に貼られた入り口、廊下を抜け、
ビビリながら事務所の扉をノックしたのを今でも覚えている。
その後、何度も通うことになる。いまでも電話番号をソラでいえる。

ちょうどその頃、店長がKIRIHITOの早川さんに代わり、
徐々にオルタナ色が強くなっていきました。
強烈な音響装置も魅力的で
たくさんの個性的なバンドが集まってました。
我々も徐々にライブが増え、自分たち主催のイベントも開催するようになり、
先輩、友達が増えていく。

イベント後はフロアにボロボロの机、ベンチを並べてのいわゆる店打ち上げ。
出演していただいた先輩バンドとなんとか打ち解けたくて
緊張しながらも必死で話しかけさせていただいたり、
無理した酒のせいもあって、恥ずかしい思いをしたことや
失礼なことをしてしまったこともある。
いまでもあまり社交的とはいえない私ですが、
あの頃の経験が音楽界隈だけでなく、
社会での人付き合い、社交の原点であるように思う。

一時期は週末はたいてい20000Vに行ってました。
楽しむのも、学ぶのも、夢見るのも、デートするのも高円寺20000V
そのころ20000Vに一緒に行ってたのは今の妻だったりする。

よく「あの店に育てられた」みたいな話があるが、
私にとっては高円寺20000Vがまさしくそれだ。

早川さんが店長を退くあたりから、
徐々に縁が薄れ、出演する機会も減っていきました。
いずれまた出演することもあるだろうくらいに思ってました。
そんな中、いきなりの閉店。
自分の中で一幕がおりたのを感じた。


先週末、ひさびさに高円寺に行く機会があり、
20000Vのビルを見に行く。
もう入り口には金網が置かれ、完全封鎖で解体を待つ状態。
いよいよという感じだ。
寂しい。

寂しいけど、対象が消え去ることで
思い出は最高のままで自分のなかに残ることになる。
いつまでもうるさくて、汚くて、いかがわしくて、ビールが薄くて
すばらしいミュージシャンが集まる、
大好きなあの店がずっと生き続けるのだ。

さらば高円寺20000V

あの日、デモテープを持っていって本当によかった。






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